東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)158号 判決
原告の請求の原因一、二の事実は、当事者間に争いがない。
右争いのない事実及び成立について争いのない甲第三号証(審決謄本)によると、原告がその取消を求める審決(以下「本件審決」という。)は、原告の請求の原因二の(一)ないし(七)のように認定したうえ、商標法第五三条第一項の一部を引用して、結局訴外会社の審決認定態様における商標の使用(審決書には、「被請求人」――原告――の商標の使用と記載されているが、右は「聯合有機化学株式会社」――訴外会社――の誤記と認められる。)は、『商標法第五三条第一項にいう「専用使用権者又は通常使用権者が指定商品又はこれに類似する商品についての登録商標又はこれに類似する商標の使用であつて商品の品質の誤認又は他人の業務に係る商品と混同を生ずるものをしたとき」に該当する』としたのみで、訴外会社の商標の使用がどの商品の品質をどのような態様で誤認させ又は誤認させようとしたか、あるいはなんぴとの業務に係るいかなる商品との混同を生じ又は生じさせようとしたのかについては、なんらの認定もしていないことを認めることができる。
商標法第五三条第一項でいう「他人の業務に係る商品と混同を生ずるものをしたとき」とは(審決の認定事実からすれば、審決は訴外会社の商標の使用が同項でいう「商品の品質の誤認」を生ずるものをしたときに該当すると認めた趣旨とは解されないので、その点についての判断は省略する。)、具体的な人の業務に係る具体的な商品と混同を生ずるもの(使用)をしたときをいうものであることはその文言自体から明らかである。引用商標の指定商品は旧第一類化学品、薬剤及医療補助品であつて、商標権者が権利としてその商標を使用し得る商品は多数ありうるのであり、単に訴外会社が使用する商標が引用商標と類似すると判断したのみでは、前記条項でいう「他人の業務に係る商品と混同を生ずるものをした」と判断したことにならないのはいうまでもない。
右のとおりであり、審決は商標法第五三条第一項の解釈を誤つた結果、前提となるべき事実を認定せずしてなされたものであるから、違法である。
なお被告は、商標法第五三条第一項の適用においては、不正使用された商標及び商品と、引用登録商標及び指定商品とを比較対照すれば足りるとの趣旨の主張をするが、右主張は右条文の『他人の「業務に係る」』との文言の記載を無視するものであつて採るを得ない。
よつて本件審決を取消す。
〔編註〕本件における当事者の主張は左のとおりである。
第二 原告の請求の原因
一 特許庁における手続の経緯(中略)
二 審決の理由の要旨
(一) 原告は、訴外聯合有機化学株式会社(以下「訴外会社」という。)に本件商標権の使用を許諾している。
(二) 一方、別紙(〔編註〕省略)第二記載のように「CAMILAN」の欧文字と「カミラン」の片仮名文字を上下二段に横書きしてなり、旧第一類化学品、薬剤及医療補助品を指定商品とする登録第二四五一八九号の商標(昭和七年一二月一二日登録出願、昭和八年七月二七日登録、昭和二七年九月一一日及び昭和四九年三月八日更新登録――以下「引用商標」という。)が存する。
(三) 訴外会社は、カミロンランス、camilon REIMSをそれぞれふけ・かゆみ薬用シヤンプーの商標として使用し、その際、カミロン及びcamilonの部分を他の部分に比して顕著に表わしている。
(四) 訴外会社の前項商標の使用は、本件商標に類似する商標の使用である。
(五) 訴外会社の使用する商標は、その構成上、全体として一応「カミロンランス」の称呼を生じ得るとしても、「カミロン」の文字と「ランス」の文字が一連に書されたものと看取されないのみならず、これが全体として特定の観念を有する親しまれた語でもないから、「カミロン」の文字が顕著に表わされている故に単に「カミロン」の称呼をもつて取引されるとするのが自然であるところ、右称呼は引用商標から生ずる「カミラン」の称呼と語調語感が酷似し、両商標は類似する。
(六) 訴外会社が前記商標を使用するふけ・かゆみ薬用シヤンプーは、引用商標の指定商品中薬剤に包含される。
(七) 訴外会社は、前記(三)項の商標の使用を継続している。
(八) よつて原告の行為は、商標法第五三条第一項に該当する。
三 審決を取消すべき事由
(一) 商標法第五三条第一項は、「専用使用権者又は通常使用権者が指定商品又はこれに類似する商品についての登録商標又はこれに類似する商標の使用であつて商品の品質の誤認又は他人の業務に係る商品と混同を生ずるものをしたときは、」と規定するが、審決は右条文の右個所を引用しただけで、原告の行為に該当すると結論している。しかしながら、審決書中理由をいかに精査してみても、訴外会社の商品がどのように品質を誤認されるのか、あるいは誰の業務のどのような商品と混同が生じるのか一言も事実を摘示していない。不正使用による商標登録取消事由として最も重要な要件である右の事実を摘示していない本件審決は、その一事で取消を免れない。
なお引用商標は、被告の有する商標権であるが、被告はふけ・かゆみ薬用シヤンプーに関しては引用商標を使用してはいない。
(二) 原告は、訴外会社に本件商標の使用を許諾したことはない。訴外会社が審決認定の態様で「カミロンランス」の標章を使用しているのは、本件商標の使用ではなくて、「カミロン」の文字を横書きしてなり、旧第四類石鹸を指定商品とする原告の登録第五五三八二四号商標(昭和三四年四月八日登録出願、昭和三五年八月二日登録。ただし昭和四二年一一月三〇日この商標登録を無効にする旨の審決があり、右審決は昭和四五年九月一八日確定した。)及び「REIMS ランス」の文字を横書きしてなり、第四類せつけん、化粧品、香料類を指定商品とする原告の商標権の使用である。
仮に訴外会社の前記標章の使用が本件商標を原告の許諾に基づいて使用するものと認められるとしても、訴外会社はそれをふけ・かゆみ薬用シヤンプーについて使用しているものであり、このシヤンプーには二硫化セレンが混入されていることから薬事法上薬品としての許可を受けざるを得ないが、商標法上の商品分類では第一類の化学品、薬剤、医療補助品ではなくせつけん類である。
よつて、原告が訴外会社に本件商標の使用を許諾したと認定し、訴外会社が右商標を使用するふけ・かゆみ薬用シヤンプーは引用商標の指定商品中薬剤に包含されるとした審決は違法である。
(三) 訴外会社が使用している標章「カミロンランス」は引用商標と類似していないし、またその使用は、他人の業務に係る商品と混同を生ずるものではない。
(四) 被告は、原告に対して、本件商標登録取消審判の請求権を放棄しているのに、審決は右事実を看過してなされたものであるから違法である。
(五) 原告は、被告が訴外会社に、審決認定の態様での標章の使用に対して警告をした旨、訴外会社を通じて昭和三五年頃了知したので、その後一年ぐらいして訴外会社をして甲第九号証に示すとおりカミロンランス、camilonreimsをいずれも一連に書した包装箱を使用させたものであるから、仮に訴外会社が審決認定の態様でカミロンランスの標章を使用していたとしても、原告としては商標法第五三条第一項ただし書にいう相当の注意をしていたものである。
第三 被告の答弁及び主張
一 原告の請求の原因一、二は認め、三は争う。
二 商標法第五三条第一項は、「……登録商標又はこれに類似する商標の使用であつて商品の品質の誤認又は他人の業務に係る商品と混同を生ずるものをしたときは……」と規定しており、そこには他人の業務に係る商品と混同を生じたものをしたときとは記載されていない。もちろん、右の「混同を生ずるもの」の「もの」とは使用のことであるから、右条文は、他人の業務に係る商品と混同を生ずるような使用をしたときは、商標登録を取消し得ることを規定したものであつて、現実に他人の業務に係る商品と混同を生じた場合にのみ適用されるというものではない。
不正競争防止法(第一条)における不正競業保護の客体は、個別具体的であるのに対し、商標法(第五一条、第五三条)における不正使用保護の客体は引用登録商標全般である。従つて、商標法の右条項適用においては、不正使用された商標及び商品と、引用登録商標及びその指定商品とを比較対照すれば足りるのであつて、引用登録商標の使用商品如何はもちろん、その著名性の存否、更にいえば使用の有無もその要件ではない。このことは、商標権がその効力として将来の正常な独占使用を保証していることからする当然の帰結である。